自由時感

    ちいさな時間研究所

    五感で味わいたい、
    「本」のある暮らし。

    せんせい:坂川栄治

    さかがわ えいじ さん プロフィール写真

    さかがわ えいじ さん プロフィール

    装丁家・アートディレクター。1952年北海道生まれ。雑誌『SWITCH』の創刊に携り4年間アートディレクションを担当。その後坂川事務所を設立。書籍の装丁だけでなく、広告・PR誌・CD・映画・空間デザインのディレクションをするなど幅広く活動している。 1993年講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。代表作に吉本ばなな『TUGUMI』、ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』、J.D.サリンジャー/村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』など。今まで手掛けた装丁本は3000冊を超える。文章家、写真家としても活躍し、著書に『写真生活』(晶文社)、『遠別少年』(光文社文庫)、『「光の家具」照明』(TOTO出版)、『捨てられない手紙の書き方』(ビジネス社)。

    誰かに伝わること、届くことの喜び。

    どこ国のどの町にも必ず書店や図書館はあるもので、意識してみれば、私たちの生活の傍にはいつも沢山の本があります。本という、絵や文字のかかれた紙の集合に、私たちはなぜだか引き寄せられるものです。本というものの魅力とは何なのでしょう。本の「顔」ともいえる表紙を数々つくり続ける装丁家・坂川栄治さんにそのヒントを教えていただこうと、閑静な町並みに佇む瀟洒な洋館風の仕事場を訪ねました。クラシック音楽が静かに流れる応接室で取材を始めるも、「この本に出会って何かが変わったとか、人生が変わるなんてないよ。そんなの美しすぎる」と、意外にも本に対する見解は冷静。それならば、数百もの本に囲まれるその生き方からヒントを探らせていただこうと、まずはお仕事のお話から聞くことにしました。坂川さんが装丁を始めた頃、そこは「装丁作家の世界」でした。どんな著者のどんな内容の本だろうと、いち装丁家が手がけた本の表紙は一連の作家性が色濃く出ていたとか。そんな世界を坂川さんはひっくり返したといいます。
    「私は当初から本は商品だと思う発想が強くあった。毎回その本をどう売るかを考えて、内容や受け手に合わせてデザインするべきじゃないかと、毎回作風を変えることを普通にやりました。元々ひねくれ者なので、どんなスタイルでもいいじゃないかと思って」
    いまでは当たり前の考え方ですが、その発想は当時は珍しく結果的に坂川さんの登場は装丁の世界に新しい風を起こしました。
    「私は売れる本を作りたい。売れなければ読者に届かない。届かないものは最初から無いのと同じなんです。装丁は本をより多くの人に届ける『コミュニケーション』のお手伝い。だからどうすればより多くの人に届くか、つまり売れるかを、すごく考えます。自分の作品を打ち出していくようなやり方では飽きていたかもね。つまらないもの。売れることが楽しくて続けてこられたから。熱意が形になって、それが誰かに伝わるってすごく嬉しい。そこが醍醐味だな」

    世の中の動きを『調合』して創る。

    坂川さんがこれまで手がけてきた装丁は年間百単位。本になる前の人気作家の原稿を読めるなんて羨ましい、などと思いそうになりますが、なんと坂川さんは依頼がきた著作は一切読まないといいます。
    「装丁もビジネスだと思うから中身がどうあれ、売れる装丁をしなきゃならない。読んで作品に近づき過ぎると、自分の意見が出てしまって仕事的感覚が狂うんです。何にでも言えることですが距離感が大切。これまでいい結果を出した作品は、いい感じの距離、むしろ素っ気無いくらいの距離を置いているんだよね」
    そこで重要となるのが編集者との打ち合わせ。著作と作者を理解しどういう風に売りたいかのイメージをもった彼らへのヒアリングは真剣勝負だといいます。
    「話を聞いたらまず直感的に『この本はこういう味わいにしたらウケるだろう』と頭に浮かぶ。それを吟味して判断していく材料はその時の世の中の動きです。だから普段から新聞を読んだり若者の話を聞いたりします。そのいろんな情報を『調合』してどうすればいい味わいになるか考える。作品によって必要な要素は様々。そういう、どう売るかの『読み』が面白いんです」
    著書という素地に化粧を施す役目。坂川さんは自分の仕事をそう表現します。提案する化粧法に基準はない、特徴を活かす化粧を考える、それだけだと。 「長年やっていてベストセラーの方程式なんてないと分った。そんなものは時代によって変わるから」

    本がもっている情報以上のもの。

    依頼された著作を読まない坂川さんの流儀には、ビジネス的客観性のため以外にも「読むことを仕事にしたくない」という理由があるそうです。自分の読みたい本は自分の嗅覚で選びたいという言葉からも、相当の本好きだと察することが出来ます。坂川さんは仕事場から徒歩5分ほどのマンションの一室にこぢんまりとした書斎を設けています。そのドアを開けると目に飛び込んくる壁や床にびっしりと並んだ本の数々は、ざっと見て数百。いままで一冊も本を捨てたことがないとのこと。何冊あるのかという問いに「知らん」とまたまた冷静な態度ですが、それも坂川さん流の好きなものとの距離のとり方なのかも知れません。
    「持っている全ての本の内容を記憶はしていないです。中の一文だけモヤァッと憶えているくらい。そういうスタンスでいいかなと思う」
    最後に昨今のデジタルブックの台頭についてのお考えを聞くと、気にしなくていい、と即答。「本はなくならない。情報としてはデジタルで残すのもありだけれど、本には情報以上のものがあるから」と坂川さんは語ります。匂いや手触り、そういうものが本好きにはたまらないのだと。確かに、手にした感触だけでその本に出会った日のことをふと思い出したり、頁にこぼしたコーヒーのシミが数年後開くとまた薫ってきたり。本には瞬間を刻み込むような、タイムカプセルに似た趣があるものです。そう意識して坂川さんの書斎にいると、本好きが持っている本というのは、一冊一冊が持ち主の細胞のようだと思えてきました。
    なぜ本を読むのかと問われれば、人それぞれの回答があるでしょう。知識を得るため、娯楽のため、ただそれだけと言えばそれまでですが、その匂いや手触り、それによってよみがえる記憶など、手にした瞬間に感じることに耳を澄ましてみれば、その読書の時間はより豊かになるのだと、坂川さんのライフスタイルの一片に触れ、学ぶことが出来ました。

    明かりにまつわる著書を出版するほど照明にこだわりをもつ坂川さん。中央に吊られたふたつのシェイドランプはなんとお手製。東急ハンズで買ったパーツで組み立てたのだとか。

    照明の魅力を知ったきっかけは27年前のNY旅行。その帰国後に初めて買ったというシェイドランプ。いまはトイレの一角に鎮座しています。

    築86年の一軒家を改装した仕事場の壁は、自らペンキを塗りました。あらゆるものを配置しているのにすっきりとまとめるインテリアセンスは多方面から一目置かれています。

    坂川さんが手がけた装丁のほんの一部。

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